読書ノート:グードルン・パウゼヴァング『みえない雲』

みえない雲 (小学館文庫)

みえない雲 (小学館文庫)

作者は、チェコ生まれで戦後西ドイツに移住した人。小学校の教師をする傍らでこの小説を書いたようだ。チェルノブイリ事故により、1500kmも離れたドイツでも農作物が廃棄され、子どもたちが砂場で遊べないという状況を目の当たりにした作者は、チェルノブイリのようなことがドイツの原発でおこったらどうなるかを考え、警告を発するためにこの小説を書いたとのことである。

まず、人々のパニック、政府や関係者の責任逃れ、押し付け合い、情報の隠蔽、被曝者への差別等々、現在、日本でおこっている問題とおなじことが、まざまざと描かれていて興味深い。

主人公や、主人公のおば、おじたちが、それでも被害者を守り、闘うために立ち上がっていく前向きな姿勢に人間の未来を見る。


それにしても、作者が作品をつくることになった理由が印象的だ。チェルノブイリの時、原発から1500kmも離れたドイツでも農作物は廃棄処分され、子どもたちが砂場で遊べなくなったというのは、ドイツ人らしい堅実な対応だ。

日本では、福島の農作物が、原発事故後に急遽緩和された基準の下で「安全です」と給食に出され、原発から数十キロしか離れていない保育園・幼稚園の園庭や学校のグラウンドが使用されている、という事実との対比が際だっている。


この作品は、2006年の映画化されている。タイトルは小説と同名。

みえない雲 [DVD]

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小説の主人公が14歳の少女であるのに対して、こちらは18歳となっている。おそらく、ドイツで高校生に見て貰いたいと思って作ったのだろう。小説と違って、主人公と同級生男子との恋愛を軸にしながら、原発事故がどのように若者の愛に困難を強いるのか、という観点から描かれている。また主人公の叔母がとても良い人だし、主人公との関係も良好に描かれているのも原作と違うところ。

残念なのは、原作からの脱政治化である。原作にあった原発反対運動やそれを馬鹿にしていた人たちへのしっぺ返しがない。原発が恐ろしいということをとにかく伝えたいといった啓蒙的な作品になっていて、人文学的・芸術的には厚みがない。本当の影響力は、安易な啓蒙よりも、きちんと問題を描ききることではないのかと思った。

ただし、ストーリーの背後で、通奏低音のように流れてくるテレビやラジオの報道だけを取り出して聞くと、政治的な問題を採り上げている。

日本でも、若者に見て貰いたかったのだろう。字幕ではなく、ちゃんと日本語音声もある。

残念なのは、ドイツ語字幕をつけてほしかったところだ。字幕があれば、よりドイツ語の学習になるのに…。