原発事故の20年後の状況―低放射線での継続的被曝を考える

原発事故による放射線被曝の被害について正しく理解する必要がある。

まず、トンデモな発言をしている学者に典拠する人がいるだろうから、まずそれに釘を刺しておきたい。東京大学の稲恭宏という人が、今回の福島原発の事故を受けて講演を行っている。

この人の講演を絶賛しているブログにたどり着くと、ほとんどどれもアジア・太平洋戦争での日本の侵略性を否定している人たちのブログなので、それだけでなんとなくこの人の立ち位置が推察されるのだが、そんな背景説明をしなくとも、次の映像の雰囲気と発言内容を見て判断していただければ話は早い。

この中で、

  • 福島に行くだけで、健康が良くなり、免疫力が高まります。
  • 福島の農水産物を食べて、水も大いに飲んだほうが健康が増進します。
http://www.youtube.com/watch?v=PQcgw9CDYO8

みたいなことを言っている。この必死さが逆に、「なにがなんでも東京電力を擁護し、賠償しなくても良いようにしたいんだろうな」と思わせてしまうところが痛い。

この人、チェルノブイリと違うことを前提にして語っているのだろうが、残念なことに、この時点で実はすでにチェルノブイリ級になっていたと思われる。まあ、政府がレベル7と発表しようがすまいが、研究者なら福島の空中放射線量および食物・水からの内部被曝の可能性について少しまじめに調査をしていれば、チェルノブイリ級であることはわかったはずなんだけど。

それとは別に、官邸がありえないほど被曝被害者数を過小評価した文書をウェブにアップしている。その内容のひどさには唖然とするしかない。

  • 原発内で被ばくした方

チェルノブイリでは、134名の急性放射線傷害が確認され、3週間以内に28名が亡くなっている。その後現在までに19名が亡くなっているが、放射線被ばくとの関係は認められない。
*福島では、原発作業者に急性放射線傷害はゼロ、あるいは、足の皮膚障害が1名。

  • 事故後、清掃作業に従事した方

チェルノブイリでは、24万人の被ばく線量は平均100ミリシーベルトで、健康に影響はなかった。
*福島では、この部分はまだ該当者なし。

  • 周辺住民

チェルノブイリでは、高線量汚染地の27万人は50ミリシーベルト以上、低線量汚染地の500万人は10〜20ミリシーベルトの被ばく線量と計算されているが、健康には影響は認められない。例外は小児の甲状腺がんで、汚染された牛乳を無制限に飲用した子供の中で6000人が手術を受け、現在までに15名が亡くなっている。福島の牛乳に関しては、暫定基準300(乳児は100)ベクレル/キログラムを守って、100ベクレル/キログラムを超える牛乳は流通していないので、問題ない。

http://www.kantei.go.jp/saigai/senmonka_g3.html

まず、この官邸発表が依拠している合同発表についてきちんと調べなければならない。この合同発表でIAEAは前日配付の報道発表資料で「最終的な被曝による死者は4000人」としており、要約版にも4000人と記していた。ところが、最終報告案ではそれらを伏せて、「白血病やがんの死者が増えているが、被ばくとの関係を認定できるデータが足りない」と記して死者数は推計しないというごまかしが行われている。
さらに、この4000人という数字も過小評価ではないかと疑われている。もともと死者数を9000人としたカーティス博士の研究から、放射線量が少ないグループを恣意的に除いて集計していたのだ。そのような歪曲を知ったWHOは2006年4月、チェルノブイリ原発事故による死者数を9000人と報告し直している。

科学者も様々な立場があり、最初に書いたトンデモさんから、原発推進で飯を食っている学者さんから、被害者をどうやって減らそうか考えている学者さんまでいるわけで、研究成果には、多かれ少なかれそれぞれのバイアスがかかっているわけ。だから政府に「これが正解です」なんで言えるわけはない。政府はできるだけ多様な研究成果を伝えて、国民に判断してもらえばよいのだ。もちろん、より深刻な事態を想定してお金がかかっても被害を最小限に押さえたいという動機から、住民に待避やむなしと思わせるために、「最悪の場合には○○の被害になる」と言うことはあり得る。逆に、できるだけ甘い想定をして被害が出ても被曝と病気の因果関係を否定してスルーするというなら、「あとで病気になるかもしれませんが、チェルノブイリでも被曝と病気の因果関係は不明なので、病気になっても補償はしませんが、現在確実に因果関係で死亡したと言えるのは28+19人です(ほんとうは作業員や住民あわせると4000人ぐらいだけど、IAEAが最終報告からこの数字を隠蔽したので無かったことにします)。」と言うこともありうるんだけど。それはそれで「政府は責任とらないよ」ということとあわせて広報する必要がある。

ところで、被曝被害について科学者の研究なども踏まえてきちんと取材してつくられた番組に、2006年にNHKスペシャルで放送された「汚された大地で 〜チェルノブイリ 20年後の真実」という番組がある。事故直後に短期間強い放射線を浴びた人たちのその後、そして低度放射線に曝され続けた周辺住民のその後について描かれています。

http://www.youtube.com/watch?v=PHeq8TfSRBM
http://www.youtube.com/watch?v=8hXmoNuJHKs
http://www.youtube.com/watch?v=8hXmoNuJHKs
http://www.youtube.com/watch?v=BiFTMaApEpw
http://www.youtube.com/watch?v=ZK7T6BDiB1c


IAEAがいかに被曝被害を過小評価しようとしてきたかがよくわかる。視聴すれば、そのIAEAの水準から見ても、さらに大幅に過小評価しようとしている日本政府って何者だと思うに違いない。そして、チェルノブイリはまだ終わっていないこともよく分かる。20年後のフクシマを考えるためのひとつの重要な素材となるのではないか。