西山瞳ライブ

昨日夜、ジャズピアニスト西山瞳さんのライブに出かけた。

新譜

シンパシー / Sympathy

シンパシー / Sympathy

発売記念ツアーの初日ということで名古屋のJazz Inn Lovelyで19:30からライブがあったわけだ。

一応、大学時代ジャズ研だったこともあり、ある程度はJazzを聴くのだが、実は、西山瞳さんのことは少し前までは全く存じ上げなくて、以前たまたまTwitterでフォローしていただいたご縁で聴くようになったわけだ。半年ぐらい前だろうか、バイオリニストの牧山純子さんが入ったカルテットのライブを聴きに行ったのが、生演奏の西山瞳初体験であった。

さて、昨日は、オーソドックスなピアノジャズトリオだったわけだが、お恥ずかしながらというか、最初にピアノが流れてきたとたんに、「あれ? ビル・エバンスか?」と思ったという次第で、前回まったくそんな聴き方をしていなかった自分に対して「何を聴いていたのだろうか」と、情けなくなる。

オリジナル曲だったわけだが、曲調がなのか、弾き方がなのか、ビル・エバンスなんだよね。

じゃあ、何がビル・エバンスかと言われると、あまり真面目に4ビートジャズを聴いていない身としては、うまく言葉で表現できないので、絵画的に表現してみることにする。

まず、なんとなく波である。水辺で波が何度も押し寄せてくる感じだ。その波は、高波ではなく、穏やかな日の海辺か、あるいは風の強い日の川辺か、という感じだろうか。

で、時間はなんとなく夜である。ジャズなので、夜っぽいのは当たり前かもしれない。では、どんな夜かというと、まず熱帯でも、冷帯でもなく、温帯の夜である。しかも、季節は夏でも冬でもないという感じ。春というには肌寒い感じもするし、秋というには暖かさがあるようにも感じられる夜である。しかも、真っ暗な夜ではなく、それなりの月明かりがあって、夜の景色のディーテールが見分けられるような夜だったり、やや水の波紋がキラキラと反射しているような夜明け前の水面だったりする。

冷たいような情熱的でもあるような波が、途切れなく押し寄せてくる感じだ。西山瞳さんのほうがビルエバンスよりもさらに凜とした側に針が振れてるかもしれないかな。

上手く伝わっているのかどうか心許ないが、あくまで私の印象なので、参考になるとは思えない。なんのために書いているのやら。

で、昨日はたまたま、西山瞳さんの1メートルくらい斜め後の座席で、鍵盤の上を流れるように動き回る指も眺めていたのだが、どうすればあのようになめらかに指が動くのだろうか、というのがもう一つの感想。クラシックのピアニストのようなメカニカルで力強い感じはしない。音楽が波のように感じたのと、流れるようにというのは、関係あるのだろうか。

西山瞳さん以外のメンバーもなかなか良かった。歌いながらウッドベースを弾く人もよかったが、もともと私自身がドラムを叩くので池長一美さんというドラマーは、良い意味で発見だった。基本的なドラムセットで、なおかつ、フロアタムをスティックとか、マレットとかの物置にしつつ(笑)、シンバルとスネアを中心に、あれだけ多彩な音を出せるんだなと。一番気に入ったのは、竹ひごか、編み物針か、菜箸のようなものを束ねたスティックかな。良い音色を出していた。以前、村上ポンタ秀一がドラムクリニックの時だったか、繊細な音を出すときは、菜箸で叩くといっていたのを思い出した。

いずれにしても良い夜だった。

ただ、私自身が基本的に21時に寝て、午前3時に起床する人なので、19:30-20:30あたりの前半は集中して聴けたが、21:00-22:00あたりの後半は、ほとんど子守歌状態で、トランスしてたというよりも、寝てました。すみません。というかお金と時間がもったいない。でも、揺りかごが人を心地よくして眠りに誘うのだとすれば、波がとめどなく押し寄せるような演奏も眠りに誘うのかな。こう言えば、演奏を褒めたことになるんのかどうか謎だけど(笑)。